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「女性が主役」英国発ラグジュアリーセックスパーティ『Killing Kittens』の世界
2026年3月18日
早穂だよ。今日は「これちゃんと実在するの?」ってなった話をしたい。
英国に、女性が完全に主導権を握るラグジュアリーセックスパーティがある。その名も 「Killing Kittens」。名前だけ聞いたら意味不明なんだけど(直訳すると「子猫を殺す」……なんで?)、これが2005年の創業から20年以上続いて、今やニューヨーク、バンクーバー、オーストラリアにまで広がってる本物のカルチャーなんだよね。
最初に聞いたとき正直「絶対男性向けのファンタジーでしょ」って思ったんだけど、調べれば調べるほどそれが間違いだってわかってきた。今日はその全貌を語ろうと思う。
仮面をつけて始まる夜
Killing Kittensのパーティは、毎回「秘密の場所」で開催される。参加者に会場の住所が届くのは当日の夜だけ。ロンドンのどこか、テームズ沿いの邸宅だったり、マンションの一棟貸しだったり。その秘密めいた感じも演出の一部になってる。
参加者は全員、夜11時まではマスクをつけることが義務。女性はきらびやかなドレス、男性はスーツかタキシード。9時から11時はシャンパンを飲みながら、マスク越しにまったりと交流する時間。この2時間は普通のパーティと変わらない。
11時になった瞬間、ドアが閉まる。新しい入場者はなし。そこからようやく仮面を外し、好きにしていい時間が始まる——そういう構造。
建物の1階はバー&ダンスフロア。2階以上が「プレイルーム」になってて、セックストイ、キャンドル、ソフトなBDSMプレイ用のダンジョンルームまで備わってる。全てのプレイルームは経験豊富なファシリテーターが見守っている。
これ、コンセプトとしてめちゃくちゃよく考えられてると思った。最初の2時間で「この場のトーン」「参加者の雰囲気」を体感してから判断できる設計になってる。いきなり「さあやれ」じゃなくて、段階がある。
女性が完全主導するルール
Killing Kittensで一番特徴的なのが、男性に課された厳しい行動規制。
- 男性は単独での参加不可(必ず女性メンバーに招待される形で来場)
- 男性側からは女性に声をかけてはいけない
- プレイルームに男性が1人で入ることは禁止
- 全ての性的行為は、女性側がアクションを起こすことで始まる
チケット代も露骨なくらい格差がある。女性は約40ポンド(日本円で約7,500円)。カップルは約160ポンド(30,000円超え)。男性は女性に招待されるからそもそもチケットがない。
ファウンダーのエマ・セイルさんは「女性が安全に自分の欲望を試せる場所がなかった。だから作った」と繰り返し語ってる。興味深いのが、彼女がケイト・ミドルトン(現ウェールズ公妃)の学校の同期だってこと。英国のコンサバな上流階級出身の女性が「女性のための性的解放空間」を作ったって話、皮肉というかすごく英国的というか。
参加者の証言を見ると、「セックスしない人も普通にいる」「ランジェリー姿でダンスしただけで帰る人もいる」「長い結婚生活のあとに来た」「虐待的な関係のあとに来た」という話が多い。性行為の場というよりは、「自分の欲望を持っていいんだ」と確認しに来る場所として機能してるんだよね。
もう一方の「Skirt Club」——女性×女性の探索空間
Killing Kittensと並んで語られることが多いのが、Skirt Club。こちらはフランス人女性ジュヌヴィエーヴ・ルジュンヌが立ち上げた、女性専用のクローズドクラブ。ロンドン、ベルリン、ニューヨーク、メルボルン、シドニーなど世界各都市で活動してる。
コンセプトは「ストレートだけど、女性同士でも遊んでみたい」「バイセクシャルの自分を安全に試したい」という女性たちのための空間。興味深いデータとして、参加者の約60%がキンゼイスケール(性的指向を0〜6で示す指標)で0〜2、つまり「ほぼストレート」〜「どちらかというとストレート」に分類される人たちだという。
レズビアンのコミュニティでも、ゲイバーでもない。男性の視線がない状態で、好奇心を持った女性たちが集まる場所——という定義がされてる。
実際のイベントの流れは、カクテルタイム → バーレスクパフォーマンス → 女性オーガズムについての講義 → ゲーム(スピンザボトルとか)→ フリータイム、というざっくりした構成。性的な接触は希望した人だけ。
これを聞いて私が面白いと思ったのは、「性行為」よりも「性教育と探索」が前面に出てること。「女性オーガズムの講義」ってなに?と思うかもしれないけど、多くの女性が自分の体について正確な知識を持てていないことへの問題提起でもある。
一方で批判もある。「参加にはルックス審査がある」「値段が高すぎて一部の人しか来られない」「結局は男性が喜ぶようなレズビアンのファンタジーを演じさせてるだけでは?」という声は根強い。これは正直、私も「そうかもな」と思う部分がある。
日本と比べると、なにが違うんだろう
日本にも似た文化はある。ハプニングバー、アダルトクラブ、カップル系の性的イベント。でも Killing Kittens と比較したとき、決定的に違う点がひとつある。
主語が「女性」かどうか。
日本のハプニングバー文化を前に書いた記事でも触れたけど、日本のそういった場所は基本的に「男性が主体、女性はゲスト」の構造になりやすい。女性が自分から動く、女性が会場内での権力関係を持つ、という設計にはなっていない。
Killing Kittensのルール——「女性側からしかアプローチできない」「男性はずっと待つ側」——これを読んだとき、単純に「逆転してるだけ」ではなくて、「何が安全や快適さを決めるか」という問いへの一つの答えだなと思った。
女性が「動かなくていい」環境のほうが、女性にとって安全で気持ちよく楽しめる。それを前提にルールが組まれてる。言われてみれば当たり前なんだけど、それが「当たり前にされてない」場所のほうが世界的に見ても多い。
早穂の感想
最初は「ラグジュアリーなだけのセックスパーティ」くらいの認識だったんだけど、調べれば調べるほど「文化として面白い」に変わっていった。
特にKilling Kittensが2005年から今まで続いて、ビジネスとしても成立して(今はアプリやサブスクモデルも展開してる)、男性向けイベント「KK Homme」(ゲイ・バイセクシャル男性向け)まで派生してるのは、単なる一夜限りのノリじゃなくてコミュニティが根付いてる証拠だよね。
一番刺さったのは、参加者の「セックスしたかったわけじゃなくて、自分の欲望を持っていいんだって確認しに来た」という声。これは性行為の話じゃなくて、もっと深いところにある話だと思う。
日本でこういう場所が生まれにくい理由は、たぶん「女性が自分の性的欲求を公言すること」に対するコストがまだ高すぎるから。Killing Kittensが機能するのは、そのコストを極限まで下げる設計があるから——匿名性(マスク)、安全なルール(男性から接触できない)、高いエントリー基準(ドレスコード・会員制)——全部が「来てもいい」と思わせるための積み重ね。
それを20年続けてる人がいる。なんか普通に尊いと思った。
