日が暮れてもにぎにぎしい繁華な商店街を、ハヤトは足早に通り過ぎようとしていた。
誰も彼もが、彼を嘲笑している気がした。
ああ、嫌だ。例えば、あの、ガタイが良くミリタリーコートを偉そうに羽織った男。
僕からカツアゲするために、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。
あの夜の蝶らしき女たちは、春先だと言うのに、胸も尻も下品に強調させたニット地一枚の自分を棚に上げながら、肥満型の僕が「冴えない」と、内心でせせら笑っているに違いない。
ハヤトは、連日連夜、学校で陰湿なイジメを受け続けていた。
在校中はいつも、家に帰りたくて仕方が無い。
なのに、帰宅時も心休まる事はなく、卑屈な気持ちが、日ごと胸いっぱいに広がっていった。
どうして、僕が学校の低俗な連中にバカにされなくちゃいけないんだろう。
見てくれが、学校のバカなあいつらのモノサシで測ると低い。ただそれだけの理由で。
僕以外の、どこか別の人間になって、あいつらを懲らしめてやりたい。
商店街から側道に入り、人気の少なくなった道で、ハヤトはふと脇に目をやった。
一人の少女が露店をやっている。
少女は茣蓙に、膝を三角にして座っていた。
売っているのは本だった。表紙の印象的な本だ。白抜きの女の体が、黒いシルエットの男の体に、ピッタリと寄り添っている。
しかし、ハヤトはすぐに本になど興味を失った。
本から少し視線を外すと、少女の細い足があり、ミニスカートの裾からは、白く柔らかそうな太ももの付け根と、下着がちらりと顔を覗かせていた。
そして、少女は文字通り、ことばを失うほどの美人だった。
辺りは暗かったが、少女の白い顔は異様に浮き立って見えた。きれいな鈍色の大きな瞳は、ハヤトの足元あたりに注がれている。
少女の造形の美しさに、思わずゴクリと生唾を呑み込むと、少女はハヤトへ視線を向けて、笑みを向けた。
「なあに。買ってくれるの?」
「え、いや・・・」
ことばに詰まりながら、その場をすぐに立ち去るのも惜しい気がして、まごついていると、少女はスッと立ち上がった。
ああ、本当に可愛い。大きな瞳と瞳の中心に、小さい鼻と朱のふっくらした唇が、行儀よく整列している。僕は見惚れた。
「そうか、お兄さんが欲しいのは、本じゃなくて、アタシなのね?」
「そ、そんな事は」
「嘘つかなくていいのよ。いいのよ、あげる。その代わりに―」
僕は彼女の唇を見ていた。彼女にキスしたい。
自分の汗ばんだ手を、少女の白玉のような頬に添えて、無理やり自分の舌をねじ込みたい。
僕は彼女のことばを聞いていなかった。
夢の中で、激しく彼女を犯していた。童貞の僕は、その行為全てが、雑誌やアダルトビデオで見た知識で、自分と彼女に投影しただけのものだった。
だけど、興奮した。彼女ならきっとこんな風に喘ぐとか、胸の大きさはこのぐらいとか、その胸を鷲掴みにしながら、いろいろ体位を変えてヤッているうちに、朝が来た。
僕は、いつの間にか自宅で寝ていた。いつ、どうやって帰ったのか、全く覚えていなかった。
「?」
セックス自体も本当にあった事なのかどうかも、定かではなかった。
僕は目をしばしばさせて、混乱のままに布団から這い出した。
違和感がすぐに襲って来た。僕の体の感覚が、昨日までと全然違う。
「!?」
僕は慌てて、洗面台へと駆け込んだ。
おはよう、と、台所から母の声が残響のように耳に響いたが、僕はそれに返事をする余裕も無い。
鏡の奥に映っていたのは、やはり、昨日会った夜鷹の少女だった。
ただひとつ、違うのは、今日鏡に映る表情に、昨日のような余裕の笑みはなく、目の前の自体に心底驚き、そして、呆けている。
「なんだこれ」
と呟けば、少女の形よい唇も、同じように動く。それよりさらに驚くべきは―
「何してるの。顔も洗わないのに、洗面台占領すんの、やめてくんない」
いつの間にか後ろに立っていた、二つ年上の姉。彼女は、全く驚いていない。
その後居間にいっても、母は何も言わない。
部屋に戻れば、まるで初めからそこにあったように、女物の制服が鴨居に架けられている。僕が女になって驚いているのは、僕だけだ―
その事にようやくハヤトは気付いた。
僕は興奮で震える手で、服を着替え始めた。
やはり昨日の行為は、夢でしかなかった。
はっきりとそう自覚したのは、自分の体の感触が、夢とは比べ物にならないほど、リアルだったからだ。全身ふにゃふにゃと柔らかい。
けれど、腰のあたりに自分の手を這わせると、尾てい骨のしなやかな稜線が刺激され、ぞくぞくと気持ちが良い。思わず、自慰行為に走りそうになったが、慌てて時計を見ると、もう家を出る時刻だった。
興奮が冷めないまま、家を飛び出した。
あの夜鷹の少女が「あげる」と言ったのは、こういう事だったのか?
抱かせてくれる、という意味では無くて。
制服は誂えたようにぴったりだった。
学校までの道中、スカートの裾を撫ぜて、突き出た尻の感触を確かめたり、胸ポケットに入れた定期入れを確認するフリをして、何度も胸を撫ぜた。気持ち良い。
男の体と違うけど、男より良い物であることは確かだ。
全身が性感帯だ。
僕が教室のドアを開けると、みんながハッと息を呑み、教室はシンと静まり返った。僕は身を竦めた。―またバカにされる?
しかし、駆け寄って来た不良少年Dから出てきたのは、僕をバカにするような類のことばではなかった。
「―あの、今まで悪かった」
「―は?」
「その、今まで俺、お前をバカにしたり、嫌がらせしてきたりしたけど、本心じゃなかったんだ。その―つまりその、お前が、あんまり、可愛いから―」
僕は、口をあんぐり開けてDを見つめた。
―ハヤトって感じじゃねえだろ!どう見ても。
僕の肥満体型や、丸顔、濃くて太い八の字眉毛を、Dはしょっちゅうバカにした。
殴られもした。蹴られもした。「ボールのようで良く弾むから、気持ちが良い」とDは言っていた。
腹が立った。今さら歯の浮くような事をペラペラと。
どの面下げて僕に謝罪なんかできるんだ。大体僕は、お前に「お前」呼ばわりされる筋合いはない!
でも、これはどういう事だ?こいつの中の、かつての僕の記憶は、全部、今の可愛い少女の姿と入れ替わっているんだろうか。
まじまじとDを見詰める僕に、彼は耐えきれずに目を逸らした。
でも、こいつは良い。今こいつは僕にへりくだっている。一目置いている。僕の容姿に、気おされている。
これは、どう考えてもこれは、絶好の、復讐の機会だ―
「―本当に、悪いと思っているの」
僕は芝居がかった調子で、髪を耳にかきあげた。視線を伏せてモジモジしながらDに問う。
「も、もちろん」
顔を赤らめて首肯するDに、僕は吹き出しそうになるのを堪えながら、言った。
「じゃあ、昼休みに科学準備室に来てくれる?」
上目遣いでDに命令する。この仕草は、僕が好きな女優のマキコがドラマでやっていたものだ。可愛すぎると、ネットでも話題だった。
昼休み、Dは僕の言う通りに、科学準備室で待っていた。科学準備室は、旧棟から新棟へ改装、移設されていて、旧棟の科学準備室は、生徒のガラクタ入れになっていた。
「来てくれたのね。あのね、D」
「う、うん」
Dはあどけない少年のように答えた。
ふん。人気の無いところに呼び出されて、期待しているんだろう。
今まで、自分のやってきたことを棚にあげて、「もしかして、告白されるかも」とでも思っているんだろう。
見下げたヤツだ。頭も顔も悪い、暴力的な人間を好きになるヤツがどこにいるんだ。
僕が、今までじっと耐え忍んできたのは、僕が言い返しても、滑稽でしかないのを自覚していたからだ・・・殴り返しても、もっとひどく、殴り返されるのが、分かりきっていたからだ・・・でも、この容姿なら、なんでも言える。
殊勝にしているDを見て、僕は下半身が熱くなるのを感じた。
「じゃあ、土下座してくれる?」
「―は?」
僕の要求に、今度はDが間の抜けた返事をした。
「だから、土下座。土下座して。反省しているのよね。悪いと思っているんでしょう。なら、土下座してよ」
僕は飽きれた表情を作り、頭の悪い子どもに何度も言い聞かせるような調子で、Dに繰り返した。Dの恍けた表情はにわかに消えた。
「はあ?わざわざ人が謝ってやってんのに、調子に乗ってんじゃねえよ」
Dの豹変に、僕の心臓は縮み上がった。
「もう二度と生意気言えねえように、体に教えてやらねえとな」
言うがいなや、Dは僕に飛び掛かった。嘘だろ?こいつ、女相手にも、こんなに乱暴なのか。どこまでクズなんだ。僕は受け身の体制を取ろうとしたが、あっさりとDに組み敷かれた。
体は細くり動きやすいが、力は男の時の方が強かったかもしれない。
僕の抵抗は、無に等しかった。
「止めて!」
乱暴に服を剥がれそうになり、抵抗しようとするものの、Dはせせら笑うだけだった。
「おいおい、大人しくしてろよ。ケガしたら嫌だろ?」
Dは言いながら、僕の頬を一舐めした。
「ひ」
思わず声が漏れる。気持ち―気持ち悪い!
女になってから半日、体の刺激は、なんでも快になると思いかけていたけど、僕はそれが誤解だったと気付いた。
僕の両手首は、簡単にDの片手に収まり、頭上に捻りあげられた。Dはもう片方で、乱暴に僕の胸を揉みしだき、ブレザーのボタンを外し始めた。
「や、やめて」
「うるせえ」
平手打ち。頬がジンと熱くなる。僕の中に、急速に怒りが膨れ上がった。
「や・め・て、って、言ってるでしょお!」
渾身の力でDを突き飛ばすと、Dは面白いほどの勢いで、僕から離れて言った。数メートルほど吹っ飛び、腰から落ちた。どしっと鈍い音が響く。
「な、なんだ?」
Dはすぐに顔を上げた。顔に小さな裂傷が出来ていたが、大きなケガはしていないようだった。
Dはワケが分かっていないようだったが、僕は、この体の「完全性」を、改めて認識することになった。なるほど、これは良い。あの夜鷹の少女は、どう考えても、人間じゃない!今の僕の体は、人間では無い、何か、別の凄いものだ!
「ふ、ふふ」
笑いが零れるのを抑えきれなかった。
「ねえ、D・・・」
「は、はい」
萎縮している。自分より弱いと見ると、すぐに暴力で服従させようとするくせに、本当にクズだな。
「ど・げ・ざ、して?」
「は、はい」
Dは、すぐに倒れ込んだその場所で、膝を揃え、両手を着き、僕に深々と頭を下げた。
「今まで、本当に、本当に、申し訳ありませんでしたあ!!」
「なにが?なにが申し訳ないの?」
僕は、Dに近寄りながら、側に落ちていた教鞭を拾った。さっきDが吹き飛ばされた衝撃で、教卓から転がり落ちたらしい。これは使えそう。
Dは僕に頭を下げたまま
「その、失礼なこと言ったり、手を、あげたり―。もう二度としません。許してください」
「えー、どうしようかなあ」
言いながら、僕はDに向かって、教鞭を振り上げた。バシッバシッと乾いた音が響く。Dの低い呻き声が混じる。
「だって口だけだよねぇ!?さっきも襲い掛かってきたもんねえ!?」
叫びながら、Dを打擲する。
バシッバシッと、体重をかけて教鞭を振り下ろすものの、イマイチDの反応が鈍い。先ほどDを突き飛ばした力は、必死のときだからこそ発揮できたものらしい。
「はあ」
僕は溜息を吐いて、教鞭を落とした。
暑い。おもむろにブレザーを脱ぎ、Dの傍らにある机に腰を下ろして、足を組む。
暴力って、意外と大変。
怯えて土下座したままのDが、僕の太ももをちらりと盗み見た。卑しいヤツ。こんな時でも発情するんだな。そうだな、殴るのは疲れるし―
「ねえ、さっきからベタベタ触ったり、いやらしく見回してきてるけど、そんなに僕とヤりたいの?」
Dは答えない。
「さっさと返事しろよ、グズ」
「・・・は、はい」
こんな時でも返事はイエスか。救えないな。僕は唇の端を吊り上げた。
「いいよ。さっきみたいな乱暴はイヤだけど、僕の言う事ちゃんと聞くなら、ヤらせてあげる」
Dは顔を輝かせて上げた。豚め―。
僕はDをトランクス一枚にした。
姉から借りてきたヘアピンを、Dの鼻と上唇に引っかける。
コメディアンのS・Kを彷彿とさせる。
両手をDのシャツで縛り上げ、抵抗できないようにすると、なんとも滑稽な豚が出来上がった。
「あ、ははははは。無様!ひひひひひひ。笑える。ねえ、笑えない?そんな恰好して、生きてるの、恥ずかしくならない?」
僕は声を立てて嗤うと、Dは屈辱と怒りで、顔を真赤にして震えていたが、先ほど植え付けられた恐怖がよほど大きいのか、全く抵抗しない。
僕は満足して、スカートをたくし上げた。
「面白いもの見せてもらったし、舐めさせてあげる」
そう言うと、さっきまでの怒りはどこえやら、Dはすぐに僕に跪いた。
「ん」
僕はDのザラザラした舌が、いちばん敏感なところに這いずり回るのを感じ、思わず声を漏らした。Dは手を縛られているので、僕は自分で下着をずらして、直に舐められるようにした。
「僕に許可なく、激しくしたらイヤだからね・・・」
Dは、ニ三度首を縦に振った。
「あ、あ、ああ」
やっぱり女の体って気持ち良い。まだDに触らせるのは不安なので、自分でブラウスを脱いで、ブラジャーをたくし上げた。乳首を摘み、乳房を優しく揉む。快感が間断なく襲ってきた。ふと視線を下に下げると、Dは、僕の脚と脚の間に、顔を埋めて、息を荒げている。トランクスの中の股間は、完全にいきり立っていた。
「なにこれ。こんなカッコで奉仕させられてるのに、興奮してるんだ・・・?」
爪先で、鬼頭を突くと、Dは身を悶えさせた。
「・・・舌だけで、僕をイかせられたら、挿れても良いよ?」
僕が言うと、Dは一層熱心に、僕のモノにむしゃぶりついた。鼻でクリトリスを刺激してくる。僕は寄せては返す快感に、身を捩らせた。
美人の女って最高だ―。体一つで、男をこんなにも簡単に操れるなんて―
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