下着マニア

[小説]1話完結

私の名前は、遠藤諭。某出版社で働いている。毎日、作家の原稿に目を通し、部下に指示を出し、編集作業を見守る中間管理職だ。

仕事のストレスをどう発散するか?十人十色だろう。飲みに行く。山登りに行く。スポーツに汗をかく。

私はというと、私は毎週土曜の20時に決まってある場所に行く。雑居ビルの4階の一室だ。そこでは、地位や名誉など社会的にどうのこうのは関係ない世界。

『女装クラブ』だ。いや、女装が趣味なのではない。一般的な女装が趣味な方は、自分が女装するだけで満たされる。化粧をした自分にうっとり、自己愛をひたすら満たすだけの方。だが私の場合は、女性の下着に興味があるのだ。興味があるとかのレベルではい。下着単体にも興味はない。あるのは『女性下着を着用し、それを外そうとする瞬間』が好きなのだ。

そもそも、こんな趣味、誰に理解してもらおうなどと、最初っから思っちゃいない。

私には妻がいて、一人娘がいる。まさか、自分にこんな趣味があるなんて、私も驚いている。

妻の下着姿など何年も見ていない。娘の下着にも全く興味がない。下着泥棒をする連中の気持ちは分からなくもない。理性を失えば、その下着を自分のものにしたい欲求は分かるが、私には理性がまだあるから、そこまではしない。

女装クラブにおいて、私は見ず知らずの客がひとしきり楽しんだ後、普段の男性に着替えて戻ろうとする瞬間がたまらなく興奮するのだ。

ブラジャーのホックを外そうと、両腕を後ろに回す。フロントホックでは意味がない。ホックは必ず後ろ。そのシルエット、その所作、そのポージング。至福の瞬間だ。正座をして行うと尚良い。ブラジャーを付ける姿にはさほど興味がない。

その残像をしっかり焼き付けて、自宅に帰り、自慰行為に及ぶ。男性が好きなのか、それともブラジャーを外す姿が好きなのか‥それは過去に遡る。その行為が良いと思ったのは、私がまた小6の夏休みだった。親戚の高校3年になる、さとみ姉ちゃんが遊びに来た時に、夜こっそり風呂に入ろうとする、さとみ姉ちゃんを覗き見した。

綺麗だった。

美しいとか神々しいとか、その表現が適切かはわからない。気高しい?愛しさと切なさと‥色々な感情が一気に押し寄せたのだ。ピンクのブラジャーだった。両腕を後ろに回す瞬間に雷に打たれたところの騒ぎではなかった。身体全体をノコギリでゆっくりと切り刻まれるような、銀紙を無理矢理、口に入れられるような。拷問にも近い感覚に私は陥り、そこから、ずっと40年以上、ひたすらに下着を外す様を私は追いかけてきた。女性の裸には興味があると言うか、普通に興奮する。男性として普通の価値観も私にはあるのだ。

数年前。私はバイセクシャルなのかと悩んだ時期もあった。男性の付けていたブラジャーを外す様を見て興奮すると言う事は、つまりそういう事か?

試しにゲイバーに行き、イケメンのマサオくん25歳をナンパした。アゴヒゲがある身長180センチはあるモデル体型のマサオくん。彼は自分の体が男であることに違和感をずっと考えてきたらしい。性同一性障害なのか、マサオくんの心は女性そのもので美しかった。

すぐに仲良くなり、その日の内にホテルへ行き、性行為に及ぼうと風呂を沸かそうとした時、お互いの服を脱がしっこした。その瞬間、私は愕然とした。

彼はブラジャーを着用していなかった。

ただ、それだけの理由で私は軽くマサオくんとキスをして、ホテルから逃げた‥

ごめん、マサオくん。君の気持ちを踏みにじってしまった。最低なおじさんだよね。泣きながら猛ダッシュで逃げた。マサオくんも泣きながら、私のことを呼んでいた。

後悔の念なのか、自分自身をごまかそうとしていたのか、自分でも分からないが、その翌日の晩、妻を20年振りに激しく抱いた。唾液を絡ませて、妻のただれた胸を鷲掴みにし、腰が砕けそうになるくらいに挿入した。妻は高揚し、何度も叫びなら、逝っていた。

女装クラブに行き、見知らぬ客の女装姿から普段のハゲた同世代の男性がブラジャーを外す様を凝視し、一人興奮し、私は自宅へ帰り、自慰行為に及ぶ。

そうか。私は変態なのだ。それを認めれば心は晴れやかだ。

心療内科に行き、カウンセリングするまでもない。

自分で分かる。

普段はスーツを着て、デスクワークをし、どこにでもいる中年だ。

そんな私がとある日、深夜番組の取材クルーが女装クラブに訪れ、インタビューを受けた。

顔にモザイクをかけます。

音声も変えます。

その条件を提示され、私は受諾し、思いの丈をインタビュアーにぶつけた。

放送は1ヶ月後の深夜2時の某チャンネル。

放送時間帯は寝ている時間だったので、録画して、翌日、仕事を早々に切り上げ、妻と娘が寝ている夜中にテレビを付けた。

私のインタビューは全カットだった。

やはり誰にも私の性癖や趣味など理解してはくれなかった。

やけになった私は、『下着の部屋』と言うサイトの管理人になり、一人毎日、思いの丈をぶつけていると、ヤマトと言う男がコメントを入れてくれた。

『管理人さん、あなたのブラジャーを外す姿で興奮するの、理解出来ますよ』

と。

普通に嬉しかった。

ヤマトくん、ありがとう。

今度会わないか?

 

そのメッセージに返事はなかった。

それでも良かった。一人でも、私のこの性癖に理解者がいた。

それだけで、私の存在意義があるようなものだ。

 

私は知らなかった。

妻が私の趣味を知っていたことを‥

妻がヤマトを名乗り、私を励ましていたことを‥

今夜の月は綺麗だな

そう思いながら、今日も全く知らない男がブラジャーを外す姿を見て、優雅に勃起する。

 

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