昔奴隷だった豚のような顔をした女の話 | ドライオーガズム研究部

昔奴隷だった豚のような顔をした女の話

山田です

実はですね。未だに聞かれるんですよ

『葵さんってどうしちゃったんですか?』

葵が居なくなってからだいぶ経ちますので

今日はあの時の顛末を簡単にお話しましょう

この話は関係のない人には全く興味がない話だと思いますが

過去に存在した風俗店としての『ドライオーガズム研究部』

を知っている方に向けたお話です

元々このサイトはドライオーガズム研究部(以下 ドラ研)という

風俗店のサイトでした

その風俗店の中心的存在が『葵』でした

葵と言うのはドラ研での源氏名です

葵は山田と共にドラ研を立ち上げ

コアな客層に強い支持を受けた風俗嬢でした

ドラ研は多い時期でも5人程度しか稼働していなかった

零細風俗店でしたが

その売上の殆どは葵が稼いでいたものでした

葵が風俗の世界に入ったのはドラ研開業から2年ほど遡ります

友達と二人で開く予定だった個展の費用が用意できず

当時住んでいた京都のデリヘルで働いたのが最初でした

山田が葵と初めて会ったのもその頃でした

その頃、山田はタイで小さなビジネスをやっており

比較的高い頻度でタイに通っていました

ある年末にタイに行った時

山田は友達の開いたクリスマスパーティーに行きました

葵はそこでパーティーの手伝いをしていました

山田が葵に抱いた最初の印象は

『豚みたいな顔をした女だが、下半身は悪くないな』

というものだったと記憶しています

年を挟んで2週間ほどタイに滞在しましたが

その半分の1周間は葵と過ごしました

その1週間で葵に対して初期調教を施して

山田が日本へ帰国する時

葵の方から『もっと調教を受けたい』という意思表示が有り

葵が日本に帰国するまでと

帰国して京都で過ごした数週間はメールを中心とした調教

その後、東京で山田と暮らし始めてからは本格的な調教を施しました

ご察しの通り

葵は山田の奴隷でした

葵との生活は単調なものでした

一般的な認識では奴隷と言えば年がら年中鞭で叩かれたり

ボールギャグを噛まされたりしている印象でしょうが

奴隷の基本原則は『主に尽す』事ですので

家事と労働がメインになります

性的な奉仕は奴隷も快感を得る事が出来るので

山田の気が向いた時にだけ許されます

葵には家事に対する適性が殆どなく

全てが雑で中途半端でした

しかし労働に関しては違いました

葵は東京でも風俗嬢として働き

当初は一般的なデリヘル嬢として

M性感で働き始めてからは本領を発揮し始め

変態Mな客の心をグッと掴んでいました

自分がMなのでMのツボが良くわかっていたのでしょう

ドラ研を開業したのはその翌年の事です

その頃働いていたM性感のオーナーと喧嘩をして

葵は店をクビになりました

山田は良い機会だと思ったので

葵に自分の店を始めさせる事にしました

ドラ研は開業初日からサイトが表示されないなど

散々なスタートを切りましたが

開始から3ヶ月経つ頃にはリピーターも増え始め

店として体をなしてきた頃には

葵は山田の世話と店の仕事でてんてこ舞いの忙しさでした

そしてドラ研開業の翌年

山田が他の奴隷探しを始めたのもあり

ドラ研の経営を葵に丸投げしていました

葵は元々精神的に不安定な傾向があったので

調教によって安定していた精神は

そういう様々な要因が重なり合い

徐々に安定を失っていきました

その翌年の1月

葵は店の売上400万円と共に山田の元から居なくなりました

調べた所、店の客であった福田という男と新しい店を始めようとしている様でした

葵には『居なくなるのは自由だが、400万円はちゃん返すように』と連絡したところ

『ちゃんと返します』と約束はしましたが

数ヶ月後『もう限界です』という言葉を最後に連絡が取れなくなりました

もちろんお金は戻ってきていません

それから1年ほど経ち

風のうわさで葵は『ドライオーガズム大学』という店をオープンしたが

2ヶ月と持たず潰れたという事を聞きました

マーケティングと経営を担う人材に恵まれなかったのでしょう

これが私の知っている葵という人間の身に起こった出来事です

葵が今どこで何をしているのか

それは山田の興味の範疇には無い事です

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山田

山田

年齢:30代後半/居住地:関東/趣味:エロ動画鑑賞、海外ドラマ鑑賞、調教、映画鑑賞、読書、ドライブ

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