炎天下のスクランブル交差点で、背筋が凍る様な悲鳴がにわかに轟いたが、拓郎はそれをまるで他人事のように遠くで聞いていた。
空気の振動は、確かに拓郎の耳にも届いたが、突然の出来事に、彼の知覚は麻痺していた。ベスパに乗っていた拓郎は、その交差点の信号が赤だったので減速したが、後ろを走っていた車の運転ミスで、追突された。
ゴッという鈍い音、横断歩道に立っていた若い女の悲鳴、そして、数メートル前にフッ飛んだ拓郎。いろんな光景を、いろんな角度から見た気がする。
しかし、拓郎の意識は地面に叩き付けられたきり途絶え、事故の記憶をほとんど忘れてしまった。
目が覚めると病院のベッドの上だった。既に折れた手と足の手術は終わり、裂傷ができた頭も縫合されていた。
麻酔がきれたばかりの、霞がかかった意識で周囲を見渡した。白い天井とベッド脇のパイプ、点滴、そして‥‥
「美也(みや)」
拓郎が呟くと、美也は破顔した。
「もう、すごく心配したんだよ」
化粧が少し崩れてくすんだ瞳に涙が光った。拓郎は、「ごめん」と呟いた。
田舎の父母は、拓郎が大ケガをしたと聞いてもすぐには上京できず、救急に搬送されてからは、恋人の美也が、医師や加害者との示談交渉をしてくれていたらしい。
拓郎に追突した運転手は、拓郎に十分な額の慰謝料を提示し、手術後の快復も順調だった。
大学は学期末試験の真っ只中だったが、幸か不幸か、教授たちは事故に遭った拓郎に配慮し、大量のレポート提出で試験免除となった。
我が身の異変に気付いたのは、一週間ほど経ってからである。
美也や学友に手伝ってもらい、必死のレポート作成が一段落した。美也を下宿に呼び、久しぶりの体に手をかけた。
美也の薄め唇に舌を絡めると、ピチャピチャと淫靡な音を立てる。
美也をシングルの狭いベッドに押し倒す、トップスを勢いよく捲り上げると、床がギッとなった。下宿の薄い壁から漏れるテレビの音が、にわかに大きくなった。
美也は顔を赤くして、「ひょっとして、丸聞こえかな」と言った。隣人は、成績優秀だと大学で評判だが、中肉中背のニキビ面、細い目とエラの張った輪郭で、お世辞にもイケメンとは言い難い男だ。いつも斜に構えた態度が気に入らないので、拓郎は
「良いだろ、聞かせてやろうぜ」
と構わず美也を襲った。クリーム色のブラジャーをずり上げると、美也の小振りで形の良い乳房が現れた。
先端を吸うと、美也が「あっ」と堪えられない媚声を上げた。久しぶりなので、存分に前戯を楽しむつもりだったが、我慢できずに美也の脚を開いた。
ブラジャーと揃いのクリーム色で、土手にレースの付いた可愛らしいパンツに、愛液の染みができている。
「これ、お気に入りのヤツだろ。期待してたな」
パンツをずらして指を滑り込ませた。中をかき回してやると、美也のあえぐ声が、大きくなっていく。脱がそうとすると腰を上げた。顔を埋めて舐めてやる。
美也がオーガズムを迎えた後
「今度は俺にして」
とトランクスを脱いで、イチモツを美也の前に差し出した。ここから先は、拓郎にとって思い出したくない醜態である。
常なら美也の胸を見ただけで勃起するのだが、今回は気持ちが昂るだけで、拓郎の陰根はだらしなく萎びたままだった。
拓郎は、疲れで反応が悪くなっているだけだと思い込んでいたが、美也に愛撫してもらっても、少し怒張しては、すぐにへこたれてしまう。美也は清楚な容姿と裏腹に、舌技が上手かったが、感覚がいつもと違う。気持ちが良いような、くすぐったいような、まるでぺニスの感覚が、幼児の頃に戻ったようだった。
何度か美也の中に入ろうとしたが、ダメだった。美也は拓郎に、戸惑いつつも優しい笑みを浮かべて「きっと疲れてるのよ」と言ったが、拓郎のプライドは傷付き、気分が悪くなり寝てしまった。
後日、恥を忍んで内科に行った拓郎は、勃起不全(ED)と診断された。拓郎は愕然とした。事故以前は普通だったと訴えたが、医師は怪我との関連はハッキリとは分からないと言われた。治療すれば治るかも知れない、気を落とすことはない、とも言われたが、拓郎にとって全てが気休めにしか聞こえなかった。
その日から数日は何をする気も起きず、大学にも行かなかった。美也から体調を案じるメールが何通も来たが、どんな顔をして会えば良いか分からない。無視して、自室で一人塞ぎこんでいると、痺れを切らした美也が下宿に直接やって来た。
気乗りしないまま部屋にあげる。
しかし、ことばが見付からず、気まずいまま時間だけが過ぎていく。いっそのこと、美也にだけは言ってしまおうか。入院中、甲斐甲斐しく見舞いに来てくれた美也なら、勃たなくても受け入れてくれるのではないか、という淡い期待が胸を過った。
「どうしたの?あの事なら、私全然気にしてないから‥‥」
「何か言って。私、何か拓郎に嫌なことした?」
「もう嫌いになったの?」
「拓郎、言ってよ。悩みがあるなら、私なんでも聞くから‥‥」
涙声で訴える美也に心をほだされ、ついに拓郎は重い口を開いた。
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